The Secrets of the Iceman
Part 1
1991 年 9 月の晴れた日に,アルプスをハイキングしていた夫婦が,溶けた氷の中に死体
を見つけました.彼らは,その死体は,毎年,山中で亡くなる行方不明の登山者の一人だ
と思いました.彼らの発見がどれほど重要なものになるか想像もしませんでした.地元の
考古学者が念入りに調べた後,その死体は有史以前のものであると判定されました.体の
組織,死体についた植物,そして死体のまわりにあったものを放射性炭素による年代測定
を使って分析すると,5300 年前の新石器時代に亡くなった男のものであることがわかりま
した.彼は「アイスマン」と呼ばれるようになりました.
アイスマンの発見は世界を驚かせました.冷たいアルプスの気候が,彼をほぼ完全な状
態でミイラ化したのでした.ミイラを作るには,バクテリアが死体を腐敗しはじめる前に,
すばやく乾燥させる必要があります.アイスマンは,死後,氷河の中に閉じ込められたた
め,皮膚や臓器が腐りませんでした.このようにして,彼は自然に凍ったミイラになった
のです.
アイスマンの発見以前には,この時代から保存状態のよい人体が発見されたことはあり
ませんでした.もし,今日,アイスマンがわれわれのもとにいなければ,5300 年前のアル
プスの生活について多くのことを知ることはないでしょう.
Part 2
アイスマンは,発見以来,あらゆるところの科学者を魅了してきました.彼は 40 代後
半でした.身長は 160 センチで体重は約 50 キロでした.しかし,彼はどうやって亡くなっ
たのでしょうか.2001 年に X 線写真が撮られ,アイスマンの左肩に小さな三角の影が見つ
かりました.さらに調べた結果,それは石の矢じりであることがわかりました.アイスマ
ンは,弓で射られたのです! 「従来の説は,雪の中を歩きまわっていて,凍死したので
あろうというものでした.今やすべてが変わりました.それは有史以前の犯罪現場に近い
ものです」と,オーストリアのインスブルック大学の考古学者,クラウス・エーグルは言
います.
2010 年,アイスマンは,非常に珍しい医学的検査のために研究室に運ばれました.抽出
された彼の脳の一部は,脳の後部に血がたまっていたことを示していました.それは,彼
が頭を強く殴打したことを意味しました.矢で射られた後に,倒れて頭を強く打ったか,
あるいは,さらに悪いことに,だれかが彼にとどめの一打を与えたかです.
それでは,だれがアイスマンを殺したのでしょうか.もし矢柄が死体に残されていたら,
手がかりをくれたかもしれません.どの矢柄にも,持ち主がだれであるかを示す特有の印
があったからです.だから,数人がいっしょに動物の狩りをしていたときには,だれの矢
が致命的な一撃を与えたのかがわかりました.アイスマンを殺した者は,矢柄を抜いて証
拠を消したのでした.
Part 3
アイスマンを調べることで,5300 年前のヨーロッパの生活のようすがわかっています.
アイスマンの胃から 200 グラムのかたまりが取り出され,分析されたのです.それによる
と,死の 2 時間前に食事をしたことがわかりました.彼は小麦,ハーブ,山羊の肉を摂っ
ていました.腸には,煤(すす)の微粒子も見つかりました.その証拠は,火の上で焼い
たパンのようなものを彼が食べていたということを示唆しています.
一般的に,1 万年前にメソポタミアでパンを作りはじめたと信じられています.エジプ
トでは 8000 年前に作られはじめました.アイスマンは,5300 年前の古代の近東の文明か
ら遠く離れたヨーロッパの山中ですでにパンが食べられていたことを証明しています.ボ
ルツァーノ欧州アカデミーの科学者,アルバート・ジンクが説明しているように,「アイス
マンの時代に,アルプスでは,狩猟採集民から農耕民への移行が起きていました.アイス
マンの発見は,アルプスの人びとが当時原始的だったという私たちの見方を完全に変えて
しまいました.彼らの生活水準は,私たちが考えていたよりもずっと高かったのです」
Part 4
アイスマンの体には全体に 50 以上の入れ墨があります.それらは,5300 年前の医学知
識がどのようなものであったかについて,重要な手がかりを提供してくれるかもしれませ
ん.単純な線や十字の形をしている入れ墨もあり,それらは,関節や腰のような,痛みが
最も起こりがちなところに集中しています.一部の研究者は,それらが鍼治療によってつ
けられた跡であると信じています.X 線写真は,アイスマンが背中に痛みがあったことを
示しています.ほとんどの人は,未だに,鍼治療が 2000 年前の中国に起源があると信じて
います.しかしながら,アイスマンの入れ墨は、鍼治療が,それよりずっと前にヨーロッ
パで存在していた証拠かもしれません.
何千年も前のアルプスの謎の殺人は,私たちに有史以前のヨーロッパの歴史について多
くのことを教えてくれています.もしアイスマンが自分の口で話すことができたら,5300
年前の秘密を教えてくれるでしょう.さらに研究が進めば,新石器時代の生活とアイスマ
ンの奇妙な生と死について,もっと驚くべき発見がきっとなされるでしょう.
WINDOW 1
放射性炭素年代測定法
炭素 14 は植物の中に見られ,それらの植物が人間によって摂取されると,体内に蓄積さ
れます.人間が死んで食物の摂取が止まると,炭素 14 は徐々に減少しはじめます.その量
は一定の割合で減少し,5730 年ごとに半減します.したがって,体内に残された炭素 14
の量を測定することで,人がどのくらい前に亡くなったのかを知ることができるのです.
WINDOW 2
アイスマンが暮らしていた時代
今から 53 世紀前,チグリス・ユーフラテス川流域でメソポタミア文明が繁栄しはじめま
した.それは,古代エジプト文明の幕開け以前のことでした.当時,ヨーロッパには大規
模な文明は存在していませんでした.
Summary
Part 1
A couple found a dead body while hiking in the Alps. Perhaps it was a climber who had
become lost, they thought. It happened every year. It turned out to be a man who had died
5,300 years ago. Later people called him “the Iceman.” The cold Alpine climate had
mummified him. He was locked in a glacier after he died, so his skin and organs dried very
quickly before bacteria could rot them.
アルプスをハイキングしていた夫婦が死体を見つけました.行方不明の登山者の一人
だろうと,彼らは思いました.そのようなことは毎年のように起こっていたからです.
しかし,その死体は 5300 年前に亡くなった男のものであることがわかりました.後に,
彼は「アイスマン」と呼ばれるようになりました.アルプスの冷たい気候が彼をミイ
ラ化したのです.アイスマンは,死後,氷河の中に閉じ込められたために,バクテリ
アが死体を腐敗しはじめる前に,皮膚や臓器がすばやく乾燥したのです.
Part 2
The Iceman died in his late forties. His death was a mystery. Scientists took X-rays of his
body and they found a small triangular shadow on his left shoulder. It was a stone arrowhead.
It appeared that he had been “shot” by someone. An examination in a lab showed that he fell
and hit his head badly or someone struck him in the head. Without an arrow shaft, there was
no way of telling who the arrow’s owner was. Arrow shafts had marks showing who they
belonged to.
アイスマンは 40 代後半で亡くなりました.彼の死は謎に包まれていました.アイスマ
ンの死体の X 線写真が科学者によって撮られ,左肩に小さな三角の影が見つかりまし
た.それは石の矢じりでした.何者かによって弓で射られたようでした.さらに,研
究室での検査の結果,アイスマンは倒れて頭を強く打ったか,だれかによって頭を殴
打されたことがわかりました.矢柄がなかったために,矢の持ち主を知る術はありま
せんでした.矢柄には持ち主がだれであるかを示す特有の印があったのです.
Part 3
By studying the Iceman, we can see how people lived in Europe 5,300 years ago. The
contents of his stomach showed that he had eaten two hours before he died. He had eaten a
kind of bread. It is believed that bread making started in Mesopotamia 10,000 years ago.
The discovery shows that people were eating bread in the mountains of Europe 5,300 years ago,
earlier than once thought. The living standards of early Europeans were by no means
primitive.
アイスマンを調べることによって,5300 年前のヨーロッパの生活のようすを知ること
ができます.胃の内容物によって,彼が死の 2 時間前に食事をしたことがわかりまし
た.パンのようなものを食べていたのです.パンは,1 万年前にメソポタミアで作ら
れはじめたと信じられています.この発見は,かつて考えられていた時期よりも早く,
5300 年前のヨーロッパの山中で人びとがパンを食べていたことを示しています.初期
の頃のヨーロッパの人びとの生活水準は決して原始的ではありませんでした.
Part 4
There are over fifty tattoos all over the Iceman’s body. Some of them are simple lines and
crosses concentrated in the joints and lower back. They might be marks caused by
acupuncture treatment. The tattoos may show that acupuncture had existed in Europe long
before it started in China. More research on the Iceman will surely tell us more about how
people lived in the Neolithic Age and solve this prehistoric crime.
アイスマンの体には全体に 50 以上の入れ墨があります.単純な線や十字の形をしてい
る入れ墨もあり,それらは,関節や腰の部分に集中しています.それらは鍼治療によ
ってつけられた跡である可能性があります.それらの入れ墨は,鍼治療が中国で開始
されるよりずっと以前にヨーロッパに存在していた証拠かもしれません.アイスマン
についての研究が進めば,新石器時代の人びとの生活についての理解が深まり,この
有史以前の犯罪を解決することになるでしょう.
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