The Love Letter | STUDY POINT~高校授業編~

The Love Letter

PRO-VISIONⅡ

The Love Letter








Part 1
ぼくはアパートの近くの古道具屋で机を買った.それは,真鍮の取っ手が付いた 3
つの引き出しのある,小さな脚のない壁机だ.店の主人が言うには,それはブルック
リンにある中期ヴィクトリア朝様式の古い大きな屋敷の最後の一つから出たものだと
いうことだ.その屋敷は数ブロック先にあるブロック・プレースで取り壊し中だった.
ぼくは 24 歳.ブルックリンに住み,マンハッタンで働いている.ぼくには机が必要
だった.電話ボックスのように狭い台所にはテーブルがなく,膝も入れることのでき
ない小さな側卓(エンドテーブル)で,両親に宛てて手紙を書いてきたのだ.
ということで,ある土曜日の午後,ぼくは安くて小さなその机を買い,自宅に運ん
で,居間の壁にしっかりしたネジで固定した.遠い昔にどんな人がその机を使ってい
ただろうとは考えもしなかったし,気にもしなかった.
その夜遅く,ぼくは引き出しの一つの後ろに,小さな隠し引き出しがあるのを偶然
見つけた.それには,何も書かれていない,封をした封筒が入っていた.その封筒を
破って開けると中に手紙があった.日付を見る前から,この手紙が古いものであるこ
とがわかった.筆跡は明らかに女性のもので,とても読みやすかった.インクは黒さ
びのような色で,紙面の一番上にある日付は 1882 年 5 月 14 日だった.
その手紙は,ヘレン・エリザベス・ウォーリーという女性が,婚約者から彼女を救
いに来てほしいという願望を込めて,想像上の男性に宛てて書いたラブレターだとわ
かった.彼女は婚約者のことを愛していなかった.彼女の言葉を読んでいくにつれて,
ぼくには彼女が実在し,そして現に生きているように思われた.







Part 2
ぼくがどうして彼女に手紙を書こうと思ったのかはわからない.夜というのは,自
分以外の世界が寝静まっているなかひとりぼっちでいると,不思議な感じのする時間
だ.仮にぼくがあの手紙を昼間に見つけていたとしたら,ぼくはほほ笑んでそれを何
人かの友人に見せ,そして忘れ去っていただろう.けれども,真夜中にたった一人,
窓が少し開いていて,ひんやりした夜更けのさわやかさが静かな空気をかすかに動か
すと,この手紙を書いた女性が,もうひどく年老いた女性であるとか,ずっと前に亡
くなっているかもしれないとは考えられなかった.手紙を書いていくうちに,ぼくは
今も生きている若い女性に語りかけているのだという気がしていた.
ぼくは,どうにかしてあなたを助ける方法がわかればいいのですが,と書き始めた.
そして,「ぼくはあなたに近づくことも助けることもできません.でも,あなたのこと
を考えるでしょう.たぶん,あなたのことを夢に見るでしょう」と締めくくった.ぼ
くは,ジェイク・ベルクナップと署名したが,封筒に差出人の住所は書かなかった.
その手紙が,もう彼女は実在しないという証である「宛先人不明」というゴム印が押
されて送り返されてくるのが嫌だったのだ.
ぼくは手紙を持ってアパートから出た.3 ブロック先のブロック・プレースに着く
と,そこには誰もいなかった.歩き続けると,例の古びた家が建っていた.屋根はす
でになく,窓や扉はすべて取り払われていた.ただし,凝った装飾の柱があり,ぼく
はその古い木に彫られた,972 という番号を見つけた.ぼくはその番号を封筒に書き
写した.かつてニューヨーク,ブルックリンのブロック・プレースのこの場所に住ん
でいた娘の名前の下に.それからぼくは踵を返して手紙を投函しに行った.
郵便局は,その地域で最も古いものの一つであったに違いない.南北戦争後の十年
の間に建てられたのだろうと思った.ぼくは,摩耗した真鍮のプレートを押し開けて,
ポストの口の静まり返った暗闇の中へ手紙を落とした.手紙は 1882 年のブルックリン
へと吸い込まれていったように感じた.ぼくは,達成感を得た.それは,若い女性が
真に愛する誰かを求める無言の願いに応じて,少なくともできるだけのことはした,
という達成感だった.



Part 3
1 週間後の金曜日の夜,ぼくは家で仕事をした.仕事が終わったのは 12 時半頃だっ
た.机の真ん中の引き出し,そこからペーパークリップを取り出したのだが,その引
き出しが半開きになっていた.そのときぼくは,当然その後ろにも別の隠し引き出し
があるに違いないということに突然気がついた.前の週は,最初の引き出しの後ろに
見つけた手紙に対して興味津々で興奮していて,そんなことは思いつかなかったし,1
週間ずっとあまりにも忙しくて,そのことについてはそれ以来考えられなかったのだ.
ぼくは真ん中の引き出しをすっかり抜き出し,その後ろに手を伸ばすと,2 つ目の
小さな隠し引き出しを見つけた.するとその中には手紙があり,それは黄ばんだ古い
紙に黒さび色のインクで書かれていた.ぼくは,科学的に話していると言い張るつも
りはない.そのことに科学が関係しているとは少しも思わない.手紙にはこのように
書いてあった.
ああ,お願いです.あなたは誰なの? どこへ行ったらお会いできるの? あなた
の手紙が今日着きました.それからずっと,私は興奮して家や庭を歩き回っているの
です.私は,あなたがどのようにして,秘密の場所にある私の手紙を見たのか知る由
もありません.でも,あなたはあの手紙を見たのですから,この手紙だって見てくだ
さるでしょうね.ああ,どうぞ,あなたの手紙は決して悪戯やひどい冗談ではない,
とおっしゃってください.もし,悪戯でないなら,もし今私が,最も秘密にしている
願いに本当に応えてくださった方に宛てて書いているのであれば,あなたがどなたで,
どこにいらっしゃるのか教えてください.私は,次のように感じ,強く確信していま
す.もしあなたと知り合えれば,私はあなたを愛するでしょうにと.私にはそうとし
か考えられません.
もう一度,きっとお便りをください.それまでは心が安まらないでしょう.
最も親愛なる
ヘレン・エリザベス・ウォーリー
ぼくは壁を見つめながら夜の中に長い間座っていた,ぼくが真実だと確信している
ことを,どのように説明すればいいかを考えながら.それから次のように書いた.
親愛なるヘレン
ぼくには,このことをどう説明したら,あなたにいくらかでもわかってもらえるの
かわかりません.でも,ぼくは確かに,ここブルックリンにいるのです,ただし 1962
年に.ぼくたちは空間によって隔てられているのではなく,ぼくたちの間に横たわる
年月によって隔てられているのです.今ぼくは,あなたがかつて持っていた机を所有
しています.その中でぼくが見つけた手紙を,あなたはこの机で書いたのです.ぼく
に言えるのは,ぼくはその手紙に返事を書き,夜遅くにそれを投函し,そしてどうい
うわけか,それがあなたに届いた,ということだけです.これは断じて悪戯などでは
ありません! ぼくの言うことを信じてください.ぼくは,あなたがこの手紙を読む
80 年後に,生きて存在しているのです.あなたに恋してしまったことを感じながら.
ヘレン,ぼくたちの机には隠し引き出しが 3 つあります.そのうちの 2 つはもう使
われてしまいました.1 つはあなたの最初の手紙のために,もう 1 つはぼくの目の前
にある手紙のためにです.この 2 つの引き出しからは,もうほかに何も,年月を超え
てぼくに届くはずはありません,なぜなら,あなたがすでにしてしまったことは変え
られないのだから.
でも,ぼくは 3 つ目の引き出しは開けていません.そう,まだ! これが,あなた
がまだぼくに連絡をとることのできる最後の方法で,最後の機会なのです.ぼくは,
前にそうしたようにこれを投函し,そして,待ちます.1 週間経ったら最後の引き出
しを開けることにします.
ジェイク・ベルクナップ







Part 4
それは長い 1 週間だった.ぼくは働き,昼間は忙しくしていたが,夜になると,机
の 3 つ目の隠し引き出し以外のことはほとんど何も考えられなかった.ぼくはもっと
早くその引き出しを開けたくてしかたがなかった.その中に入っているものが何であ
れ,それは何十年も前に入れられて,今もきっとそこにあるはずだと自分に言い聞か
せながら.しかし,ぼくには確信がなかったので,待った.
そして,ぼくが 2 通目の手紙を投函してから時間もきっかり 1 週間後の夜遅く,ぼ
くは最後の隠し引き出しを開けた.ぼくの手は震え,しばらくの間その引き出しの中
を直視することができなかった.
ぼくは長い手紙を予想していた.多くの枚数の手紙で,彼女のぼくへの最後の連絡
であり,彼女が言いたいことがすべて書き連ねてある手紙を.でも,手紙は 1 通もな
かった.あったのは,約 3 インチ四方で,色はあせたセピア色で,分厚くて固いボー
ル紙の上に貼られた写真だった.
その写真には,襟にカメオのブローチがついた,黒っぽい色のハイネックのドレス
を着た少女の顔と肩の部分が写っていた.彼女の黒髪は耳を覆ってきちっと後ろにま
とめられていて,もはやぼくたちの美的感覚には合っていないスタイルだった.しか
しそのドレスとヘアスタイルのあまりの簡素さも,その古い写真からぼくにほほ笑み
かける顔の美しさを損なうことはできなかった.彼女の写真の下の部分には,「私は決
して忘れはしない」と書いてあった.そしてぼくは,それが彼女の言うべきことのす
べてだということを理解した.彼女は,これがぼくに連絡をとることができる最後の
機会だと知っていたのだから.
だが,それが最後の機会ではなかった.ヘレンが時を超えてぼくに思いを伝える方
法が最後に一つだけ残っていたのだ.彼女にとってもきっとそうだっただろうが,ぼ
くがそれに気づくのにかなりの時間がかかった.ほんの 1 週間前,捜索の 4 日目に,
ついにぼくはそれを見つけた.夕方遅く,太陽が沈みかけた頃,ぼくは,ひっそりと
した木々の下に何列にも広がっている墓石の中に,その古い墓石を見つけた.そして,
雨風で傷んだ古い墓石に彫られた墓碑銘にはこう書かれていた.
ヘレン・エリザベス・ウォーリー,1861─1934
その下に言葉があった.「私は決して忘れはしなかった」
ぼくも,決して忘れはしない.


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